ワークショップの様子
撮影:田中良子
FIELDNOTES/美術館に響いた声々の軌跡 2026年3月1日13時ー

鳥取県立美術館にて開催された「声を挙げ、絶やさない」のワークショップ、ワークショップ後半部分/公開セッションを振り返りつつ記す。

<さて、今日はどういう人達が集まるのか楽しみだな。>

2026年3月1日、13時。ワークショップ開始。美術館のホールに集まった15−20名程の人達と呼吸、リスニング、想像力のエクササイズを行いつつ徐々に公開セッションにむけチューニングを進めていく。もともとこのワークショップは展示を観た方々で実際に声のワークを体験したい人達が出てくるかもしれない、という思いから企画した受け皿的なワークショップだったが、2月8日の公開セッションが大雪・臨時休館となったことで、初参加の人達のためのワークショップと公開とセッションが連動する流れにすることにした。と言っても根本的にやることは変わらないのだが、これまでのセッションと違うところをあげるなら、ワークショップの途中、リスニングの一環として、参加者それぞれが美術館内を巡り、音や音の響き方に注意をむける時間を設けたことだろうか。ざっくり言うと公開セッションのための下見(ならぬ下聴き?)。コンセプチュアルに言えば、聴くことから世界を知る、「ここはどこだ(そして、ここに居る私は誰だ)?」と問い、場とチューニングする時間。

<美術館のホールで耳を澄ますと、時計の秒針が動く音、調光できる照明がうなる小さな音が聴こえてくる。>

自分自身の身体を空間におき聴くことで把握できることがある。わたしはこれまでずっと知らない土地や場所を訪れたときにそうやって関わりのとっかかりを見つけてきた。思い起こせば、2025年の2月、コネクションズ展の下見ということで、開館式を少し先に控えた鳥取県立美術館を初めて訪れた際も、わたしは一人で美術館内をくまなく歩き回り、聴こえた音をメモしたり、録音してみたり。例えば、今回のワークショップ会場である「ホール」に関しても床が絨毯ということもあり、反響・残響があまりない。そのため人数に関わらず声の重なりが自然と増幅されて聴こえてくるチャンスがあまりなく、割とドライな音響になる。そうかと思えば、何もないガランとした展示室では固い床と高い天井に声がよく響く。わたしは残響を捉えようと聴き、美術館という音場を知ろうとした。<ここにどんな響きをおくことが自分の仕事になるだろうか?>と、問いながら。

その時に、美術館の受け付けがある入り口から言うと逆側の出入り口の近くにある階段は、ガラスやコンクリートを含む建材でわりと密閉された形で囲まれた状態で1Fから3Fまで繋がっている構造がうまくマッチしていて、声がよく響く面白いスポットだということを発見し、3Fのテラスに出たところにドーム型の雨除け?があるのだが、そこは声の反響が回り込んでくるのが聴こえる面白い音場になっていることに気づいたり、様々な出入り口には内外気圧差で風の吹き抜けるような音がすることを見つけ、リスニングしたり録音したりした。中でも印象に残った音は、エスカレーターの持続音。わざわざスタッフの方にエスカレーターを停めてもらったり、動かしてもらったりしながら空間の変容をチェックしたりもした。総じて言うと、美術館は「声々」にとって案外手ごわい(エリアが多い)相手だな、という印象。となると・・・人の声々がどのくらい響くかどうかを確認しておきたい、と思いたって、ダメ元で急遽協力者を募ったところ、10名ほどの協力者を得て声挙げ実験セッションをおこう事が出来た。

「どうでしたか?」

美術館内でのリスニングを終えて、(音があまり響かない)ホールに戻ってきた参加者の何名かは、わたしと同様に階段空間を発見をしていた。やはり階段の響きは使えるかもしれない。面白かったのは、階段空間の中でも2Fあたりが特によかったという意見もあり、階ごとの聴き比べはしていなかったので参考になるなぁ、と思ったり。天気が良かったこともあり少し外に出た人達も多く、ドーム型の天井の響きや内外気圧差から発生する音に気づいた人達もいた。場合によっては外に展開するのもありだなぁ、と思いながら他のフィードバックにも耳を傾ける。

発声練習に入る頃には、これまでのWS参加者15名くらいが「声々」の輪に加わり、全体で40名ほどの集まりになっており、声自体に厚みが出てきた。ワークショップ経験者とは少しの言葉をかわすだけで意図が通じることがとても嬉しかったし実際そのおかげでスムーズにマイボイスの合唱、声のリレーなどが進む。

<声々がまとまってきたかな>
公開セッションの録音(mp3)
いよいよホールから出て、美術館内のフリースペースに声を響かせる用意が出来たと感じ、声のリレーの最後の音を全員でハミングし、ホールの扉をあけた。

「じゃあ(ハミングを続けながら)ついてきてもらって良いですか?」(0’45”)

ホールから階段方向へゆっくり歩きながら、まるで蜂の大群のような【声々】が追いかけてくる響きを聴き・感じ、展示した映像作品でも触れた『我々の祖先は蜂から声の出し方を学んだ』という台湾のブヌン族の言い伝えをまた思い出し、思わずニヤリとしていた。ホールを出たときはほとんど一つの響きだったのだが、ホールよりも声が響き・拡がる空間に出たこと、ハミングしながら歩いたことが影響したのか、既に音が微妙にブレて枝分かれしつつあり幾つかの音の重なりになってきた。こういう反応がいつもながら面白いと感じる。

<さぁ、ここからどうしよう。>

「声々」が次にどう展開しようとしているのか、その兆しを聴き分けて、方向性を定め、「声々」を動かすためのインストラクションをその時々の状況に応じて考える。考えるというよりも探す感覚に近い。参加者達と共有しているボキャブラリーや声の経験、そこの応用で出来そうなこと、そういったもののなかから探し出さないといけない。(いつも思うのは、理想を言えば、幾つかのグループが自律的にこの動きを独自にできれば相当に面白いだろうなーとは思いつつ、「じゃあ自由にやってください」と伝えてもなかなか困ってしまうだけだろうな・・・きっといつかそういうセッションをやろうとは思う。)
試しに、館内のリスニングの振り返り時に話が出ていた出入り口付近の自動扉に挟まれた狭い空間に少し出てみた後にまた階段下に戻る。

「じゃあグループに分けようかな」(03’05)

やはり声々の響きが枝分かれしようとしているのを活かそう、と思ったので、5人組に分け、それぞれの組にWS経験者を見つけ「元の音じゃない音を」と伝え新しい音を決めてもらいグループごとの声を作る。最後のグループにインストラクションを伝えた時点で、最初のグループがすでに階段を上っていたので、その流れで全ての音を階段空間に導いていく。

<確かに、2階あたりが良かったな。>

3階までのぼり、先に動いていたグループに追いつく。階段空間から離れるとやはり声々が拡散してしまい、聴こえが弱まってしまう。

<なんとか声々を階段の中で徐々に動かすことができないだろうか?>

公開セッションの様子
撮影:田中良子
「1階下がけっこう良い音だったんで。下がります。」(09‘50“)

事前に考えていたわけではなかったが、階段の両端に参加者達が並んでいく姿をみながらひらめいた。列を動かしたい方向から見て最後尾の人から一人ずつ動いていって列の先頭に並んでいけば、徐々に全体を動かすことができる。しかも皆がその声々の響きを聴くチャンスもある。

<これは良い>

仮にこの移動方式を「キャタピラ方式」と呼ぼう。またニヤリとしつつ、階段の両端に並んだ声々の響きに挟まれつつ動いていくと左右の耳から別々の響きがめくるめく変化していくように聴こえる。

<あ、でも脚の悪い人にはキツイな・・・>

自分の思いが至らなかったことに反省しつつ・・・徐々に響きに耳を澄ませつつ、時々わたしも声をあわせてみたりホールへと向かう.キャタピラ方式で少しずつ動きはじめた声々はどこかしらまだ抑えられた感がある。ハミングから口を開いた音に変えてみてはどうだろうか?

「パッと思いたった言葉の1文字目に変えてみましょうか。どうぞ!」(19‘35“)

【ん〜〜】という振動音から急にいろいろな開いた声になる。不思議と「あー」が多いように聴こえた、あるいは「あ音」は相変わらず強いんだろうか?別種のエネルギーが加わった。階段で止まっていた時に起きた変化という事もあって、ガラリと響きが変化した。

<あぁ、そうか・・・ハミングしながら歩くのはかなり息が苦しいんだ・・・呼吸しずらい分、ボリュームが自ずと制限されるのか>

「それじゃあ、次の単語の1文字目に変えてみましょうか?」(20’30”)

2回目ということもあり、またわたしの言い回しが2回目の方がシンプルでタイミングを示唆する感じに(たまたま)なったからか、劇的に声々が開いたような気がした。お音とあ音の間にあるような響き。あるいは、切り替えがクリアでそろっていたことをおそらくお互いに聴き・感じたことでギアが入ったように響きに透明感が加わった。一部階段の先の方に居た人達にはわたしの声が聞こえにくかったみたいでインストラクションが伝わっていない様子だったので、下におりて同じインストラクションを伝える。

<そうか、先頭から最後尾に移動したあとに一人一人が口を開いていくとか、せっかく作ったのだかがら5人組単位で、とかにして段階的にしても良かったのかもしれないなー>

これ以降は、各自のタイミング・意思で自由に声を変化する様に伝えるとさらに伸びやかな声々になっていく。そう、何段階か経る事で声々は自律的な動きを獲得し得る。この生き物化のプロセスがはまるかどうか、伝播するかどうかがセッションの流れに影響する。ここでもワークショップ経験者の人達との意思疎通、経験の共有が活きているのを感じた。

キャタピラ方式が板についてくると、声を挙げ・絶やさない状態を維持しながら、移動しながら、立ち止まって聴くこともできる、という面白いムーブメントが生まれた。全体としてはゆるやかに移動し続ける。声々も変化し続ける。ホールに戻る前にビニール袋で作られたドームの中に皆で入る。大きな輪になって、ドームの中に声々を響かせようという意識が働いたのか音量が自然と大きくなっていく。そしてまた移動を開始する。

ホールに帰ってきた声々はあきらかに強さを帯びたものになっていた。(26’30-”) 絨毯に残響を吸い取られても芯のある、強い音が響いていた。手触りが違うというのだろうか。わたしは「声々」が成るべき響きに至るのを待ち、わたし自身の声も重ねた。

<もう少し・・・>

即興で音を生み出す時、一番大事なのは最初の音、そしてその次の音へと繋がる音の振る舞いを聴きとり実現する事。この連続の先に「あぁ、これがそれだ」と感じる、それぞれの響きの成るべき状態が訪れる(ことがある)。

そして・・・声(々)は沈黙に還っていく。(29'27"-)

残響する声々が聴こえなくなるまでわたしは耳を傾けた。

「ありがとう・・・いやー。グッときたぁ。」(30’15”)

【後から思ったこと】
ホールからフリースペースへ向けて移動を開始する前に「コール&レスポンス」をやっておけば尚良かったかもしれない.次の展開が読めないなかでも、一つの声に対して自由にレスポンスする、という練習をしておけば、即興的なセッションの準備には欠かせない何かがアクティブになる気がした。

・工夫できる点としては
コール&レスポンスーより絶やさない感を強めるためのアイデア
コールの声に対して、やや食い気味にレスポンスすれば絶やさない感も加えられるのではないか?出来るだけ長い息でコール、しっかり聴く、レスポンスを被せる

・人数が多い場合
2グループに分けておき、コールする人の声を引き継ぐ人達、別の音でレスポンスする人達に分けても面白いかもしれない。
なんならレスポンスする人も一人に限定しておき、コールする人+コールを引き継ぐ人達とレスポンスする人+レスポンスを引き継ぐ人達のようなグループ分け、声のパターンも考えられる。

例:コールグループ5人、レスポンスグループ5人
コールの一人が長い息でコールする。コールグループ残りの4人がその声を引き継ぎ、絶やさない態勢を作る。コールの声が絶やさない感じになってきたところで、レスポンスグループの一人が長い息でレスポンスする。レスポンスグループ残りの4人がその声を引き継ぎ、絶やさない感じを作る。この時点で2音が重なっている。
次にまたコールの一人が長い息でコールする。実際はラリーのように「レスポンスのレスポンス」という感じになるだろうか?こうなるとほとんど「じゃない音」のグループ版と同じ、あるいは似ているのかな。

実際の公開セッションの経験と上の想像を組み合わせてみると、もしも倍くらいの人数がいたら、3チームにしてひとつのチームを3Fの吹き抜けに面したところに並んでもらい元の音を絶やさない状態に。あと2つのチームは実際にやったみたいに階段の上から下までゆっくりキャタピラ方式で動かし、そのうちのひとつのチームは2Fで離脱し、外に面したガラスのあたりにキャタピラ移動、もうひとつのチームは1Fまでキャタピラ移動していく。どこかの時点で3FのチームからCall&Responseをはじめる、というようなこともやってみてもよかったかもしれない。

【録音最後部分より拾い書き】

Sさん「みんなの音(声)が終わった、、、あと、一番最初にここで聴いた音が聴こえてきた、音は続いてるって感じました。。。」

Xさん「一個の生き物みたい.アメーバみたい!」

Fさん「一番人数も多い。声も出てて、自分もはりきって出して、声が枯れ気味」

Kさん「すごい感動して.一回目から参加して良かったです。」

Nさん「飲み込まれた.すれ違う時が面白かった」

Hさん「エレベーターで移動したら噂してる人がいたw 讃美歌か声明みたいだった」

Fさん「卒業式で<旅立ちの日>を聞いたあとに、みんなのさっきの「わぁー」みたいなのを聞いて思い出されるような、、、なんか、蛇みたいな、みんな動くと、音が動くのが生き物みたいな、フォーメーションかわるとこんなに体感違うんだーと思った」

Yさん「<言葉で絶やさない>って言葉で言うとかなり概念、いろんなメタファーっていう風にとらえていたけど、実際やると結構必死っていう、聴くのもすごくよかったし、フィジカルが大事だなと感じました」

Tさん「外から聴いてみたかったな。(バルーンの)中に入った時に響きが、時々すごいぞわぞわってくるハモりがあっったりとか、それがずっとじゃなくて、波でやってくるのが、心地よいというかぞわぞわするっていうのが、それこそなんで?っていう感じでした」

Yさん「すっと入れて、気持ちよかった、後ろで(声を)感じるとぞわっとした」

Mさん「ここでさっき声を渡してた時は、ほんとに声だけを聴いてたんだなーと思って、実際(ホールの外で)やるとだんだん少し疲れてきて、もうちょっと耳(だけ)で繋ぐというよりは、全身で聴いてる感じが、これがさっき言ってたことかーみたいなのがあって、皆さんだんだんマイボイスになって行く感じが【ぜんぜんちがうじゃん】みたいなw 面白かったです」

Oさん「ここで終わったときにキラキラキラーって感じでした」

Mさん「一番最初に10人くらいで美術館で(やった実験の時と)なんかまた全然違う。ほんとに一回限りの。声を挙げ、絶やさないってすごくポリティカルな意味もあって、体感して、もう一周廻って、すごくそういう行為なんだなって」

Jさん「最後とめたあとにマモル君ないたんかなーって、泣いたかなーって.自分もじーんときて。自分も同じ気持ちになった。束って感じでした。」

Iさん「外出ると、人の目が気になる、皆さんでやると、変な目で見られてる感じもしなくて、それが楽しかった.寝不足だったけど元気になりました。」

Mさん「たぶん通りすがりの人、参加してましたよ」

・後日談
Fさん「フリースペースでワークショップをやってたけれど、どこからか聴こえてくる音が気持ちよかった(階段の上の方に行ってるとき、スタジオの前に並んでいる時など違いもあって)」

・受け付けのチームリーダーさんより
音は受け付けあたりでも「どこから響いてるんだろう?」っていう具合に拡がって聞こえていました!